2018年11月22日

勉強する理由。

こんにちは。井上塾の井上です。

このブログを開設してずいぶん経ちましたが、
実はブログ紹介の記事以外について、
私は今回が初めての投稿です。
色々な情報を発信などと
大見得(おおみえ)を切っておきながら、
何ということでしょうか。
猛省するばかりです。


さて、そんな初めての投稿なのですが、
今回は生徒の皆様からよく聞く、
「なぜ勉強などしなければならないのか」
という質問について、
ちょっと書いてみようと思います。


勉強する理由。しなければならない理由。
勉強って正直、我慢してしなければならないものだ、
という意識の人が大半だと思います。
かくいう私もそうでした。
いや今でも、そうではない、違う!
…とは、完全には言い切れません。

なぜしなければならないか? 
という問いかけには、内心、
"何か利益があるから、仕方なくそれに努める"
という気持ちが隠れています。
英語の例文でもありますよね。
"I have to study English hard."だなんて。
中学2年生以降の皆さんには
見覚えがある例文ではないでしょうか。

友達と遊ぶ、スマホゲームに興じる、
漫画を読む、街に出かけるなど、
したいことなんてそれこそ山ほどあるのに、
我慢してする勉強なんて嫌だ。
でもすると何かいいことがあるから、せざるを得ない。
そういう感じでしょうか。


ではそのいいこととはなんでしょう?
・勉強は頭を使う練習になるから、
 将来働くときに役立つ。
・成績を上げれば、いい高校に行って、大学に行ける。
 そうして一流企業に就職できる!
・お小遣いの増額を要求できる。
・友達にいい顔できる。
……ほかにもいろいろあるかもしれませんけれども、
何というか、どこかどれにも説得力がない、
と、思われるかもしれない。
少なくとも私にはそうです。

…仕事と言ってもその中身はいろいろあるから
全部が全部頭だけでやるものでもないだろうし、
2番目の理由なんて、
"もはや通用しない古い考え"だと様々なところで聞く。
小遣いの増額もあえなく却下されそうだし。
最後なんて別にどうでもいいし。…
グッとくる理由がない。

じゃあ私には別の理由があるのかといえば、
私自身の理由はあるけれど、
誰にでも当てはまる理由なんて持っていない。

理由は人それぞれです。
考えてみれば当然。
環境も、状況も、持っている才能も性格も違いますからね。
だから、誰にでも適用できる立派な理由なんて
存在しないんじゃないか、
と私は思っています。


それよりもむしろ、
「自分から理由を探してみた方がいいのでは?」
と考えるのです。


「じゃあ私のそれは何なのか?」
と言われれば、私は
「見える世界が深みを増すから」
と答えます。

「何やそれ意味わからん」
と言われそうですが、
これには私なりの背景がありまして。

昔、成績の悪かった私が1年間の浪人をした挙句、
這う這う(ほうほう)の体(てい)で入った大学で、
初めて受けた講義でのことです。
美術史の講義で、担当の教授は仰いました。

「人は知るもののみを見る」

どういうことかわかりますか?

例えば、1枚の絵を見たとしますね。

Peter Paul Rubens - Christ on the Cross between the Two Thieves - WGA20235

ある人はそれを見て、
「なんかボロボロのおじさんが
 はだかみたいな恰好で十字にくくりつけられている。
 その周りにおじさんとおばさんが数人いる。
 ふーん、なんか暗い絵」

別の人はそれを見て、
「これはルーベンスの描いたキリストの磔刑(たっけい)…。
 兵士ロンギヌスが彼の死を確かめるべく、
 わき腹を槍で刺している。 
 時は午後。当時も酷暑が襲っていたであろう、
 エルサレムの重苦しい空。
 周りには同時に刑に処された2人の盗賊。
 片方がキリストに罵詈雑言を吐く傍らで、
 福音書の記述通り、
 もう1人は彼に天国へ連れて行ってくれるように頼んだのか。
 男の弟子たちは、情けなくも皆逃げ彼を見棄てる中、
 彼に付き随(したが)っていた女性は
 悲壮に満ちた顔で傍にいる。
 画は悲哀で満たされている。…」

見て取っている量や質が、随分と違いますよね。
1枚の絵で、これだけ"得られるもの"が変わってくる。
同じ絵でも、そこに現れる世界の奥行きは
こんなにも異なってくる。

その奥行きを大いに与えてくれるのが、
知識と学識、それを積み上げる勉学なのだと。
教授は、そういうことを仰ったのだと思います。


私は、それをとても素晴らしいことだと思ったんです。
学びを通して、世界が奥行きを増していく。
その発想が、私を魅了しました。

だから、私の勉強する理由は
「見える世界が深みを増すから」
なんです。


勉強する理由って
ついつい他人に求めがちですが、
逆に自問自答してみる。
そこで何かしらの理由を見つければ、しめたもの。
自分で考えたその理由は強力です。

あるいは見つからないとしても、
勉強しながら考えてみる。
それもまた一興(いっきょう)ではないでしょうか。
ある日、勉強していて
「なんか面白いな」
と思えることがあれば、それはもう立派な理由です。


どうしても見つからないという人は、私の
「見える世界が深みを増すから」
という理由はいかがですか?

実はもうすでにそうなってるんですよ。
特に中学校2,3年生の皆さん。
英語を勉強する前には、
謎の記号かアルファベットの並びにしか見えなかったものが、
意味を持ってあなたの前に並んでいるでしょう?
それだけ世界は深みを増しているんです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
posted by Inojuku's Weblog at 16:27| Comment(0) | 講師のつぶやき

2018年11月09日

読書の秋

皆様、当ブログをご覧いただきありがとうございます。
福岡県筑紫野市の進学塾、井上塾の石井です。


皆さんは本を読まれますか?
私は小学5年生頃から小説を読み始めました。
好きになった数人の作家さんを中心に読んでいたので、
たくさんのジャンルを読むわけではありませんでしたが、
学生時代は2ヶ月に1冊以上のペースで読んでいました。
…本好きの方からすると「ほとんど読んでない」だろうなぁ……

そんな大して自慢にもならない読書暦の私ですが、
本を読むことの良さはいくつか実感しています。
 ・娯楽が増えた
 ・想像力がついた
 ・頭の中の整理をしやすくなった
 ・学校の勉強で文章題が分かるようになった
本を読むことの一番の意義は、楽しむことにあると思うのですが、
オマケのようについてくる「文章題が分かる」って、
悪くないと思いませんか?

本を読むって簡単そうに見えて、実はそうじゃないんですよね。
どんな場面なのか、どんな感情なのか、写真も音もないところから
想像していかなきゃいけない。
すんなり理解できない言葉で書いてあるなら、意味を調べたりして
分かる言葉に置き換えないといけない。
これができるようになるというのは、教科書や授業で習ったことを
自分が分かるように噛み砕いて、飲み込む力がついたということに
等しいと思うのです。

楽しくないから読書しないという方は、勉強の役に立つかも?と
本を手に取ってみてはどうでしょう?
どんな本でも構いません。
有名な文学作品、はやりの推理小説、挿絵が入ったライトノベル、
絵本などなど、国語の授業以外でたくさんの文字に触れることで、
徐々に本を読むことに慣れていくと思います。

読書の秋にしてみませんか。
posted by Inojuku's Weblog at 16:11| Comment(0) | 講師のつぶやき